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Fuji to Higanzakura

心理臨床ベースに少しずつ

緑トマトとキウイのジャム ブラックチョコレートと

野菜類をよくいただく方に赤く熟す前の緑のプチトマトを頼んでおいたら、トマトの株を処分する際に、赤であれ緑であれ、その株にまだついている実をまるっといただけた。 緑トマトのジャムという存在を知ったとき、それはきっと自分の好きな味だと思って、見…

「織物•表現」記事まとめ (1)〜(5)まで

(1)頭でっかちさんを織る ふわりとセンスのいいセラピストさんというのが草の根的に沢山いるのであったらいい。実際そうなのだろう。勉強会などでは事例を検討したりするが、最近、セラピーの感じを織物に例えるイメージを聞いた。セラピーをしていて織物…

織物•表現(5)

クライエントさんと織物というイメージを共有したわけではない。あくまでセラピスト側がそのようなイメージ感覚を持っていた、ということだ。織物イメージをセラピストが抱えている、ということはどういうことか、という点はわかりにくいことかもしれないが…

織物•表現(4)

セラピーを通して落ち着いてこられても、例えば近しい家族などに対しての恨みや嘆きといったネガティブな思いは消えないことは往々にある。そういう実際は、一般の人が思うセラピーイメージとは異なるのではないかと思う。そのようなネガティブな思いに支配…

織物•表現(3)

セラピストとは別個のクライエントさんの存在のあり方を、織物に例えている、というのとは少し違う。セラピストとクライエントさんとで作られるセラピー場で表現されるものを、織物のように(セラピストが)感じている、ということ。さらに言えば、セラピス…

織物•表現(2)

話しを聞いている と、セラピーについて、織物の「織り」の凹凸や奥行き感のようなものも含めて光や角度も変わったりしながら織りをとらえているような感じだという。ジャガードやタピストリーの「柄」がふわっと見えてくるようなときもあるけれど、柄の一つ…

織物•表現(1)

ふわりとセンスのいいセラピストさんというのが草の根的に沢山いるのであったらいい。実際そうなのだろう。勉強会などでは事例を検討したりするが、最近、セラピーの感じを織物に例えるイメージを聞いた。セラピーをしていて織物のイメージが浮かぶと。 「主…

これまでのHiganzakura視点記事

以下これまでのHiganzakura視点記事 発達障害やその辺縁の現象をとらえる「とらえ方」についてを考える。その現象と関係するところを書きながら、「発達障害」とは独立のこととしても言えるような何かに向かっていきたい。 # 「WG展」記事まとめ 「WG展」記…

「WG展」記事まとめ ①〜⑤まで

① コンセプトの中にトプンと入る 出てくる時は別の人 「ゴッホとゴーギャン展」と記事タイトルに書く気になれなかった。クラーナハは好き。ヤンファンエイクも好き。好きと天衣無縫に言い切れないとタ イトルには自分は書けないのかしらん。ゴッホの絵は、自…

WG展⑤

ゴッホのサン=レミ精神病院入院時代の傑作群も残るこの現実世界を、ゴッホの(またもしかしたら自分も含め鑑賞する人それぞれの)引き裂かれた半身のようにも、愛おしむ。 一方で。ゴッホの亡くなった年は、日本は明治23年。明治も20年余ともなれば、日…

WG展④

ゴーギャンは、遠く離れたタヒチに行った。ゴッホは、あんなにも日本に憧れながら、一人日本に行くことはわずかたりとも夢見はしなかったのだろうか。お金のあるなしはさておき。 昔、毎度のごとく家人にひきずられてゴッホ美術館に行き、それまでは興味もな…

WG展③

私は先に書いた「崩れ」という記事で、異質な他者と出逢うことも通して、「自身の」発達や表現を求めていくことについてを書き、その最後では、 ”そのプロセスを、胸をつまらせながら、見守っていく。いや、もし共にいる光栄を得られたら、感動と共に見つめ…

WG展②

Fuji to Higanzakuraで書いてきたHiganzakurai視点記事は、発達障害関係の現象と関連させながらも、発達障害とは独立のこととしても言える何かをずっと一応目指している。常に意識しているわけではないけれど。 それは、今のところ振り返れば、 異質な他者と…

WG展①

「ゴッホとゴーギャン展」と記事タイトルに書く気になれなかった。クラーナハは好き。ヤンファンエイクも好き。好きと天衣無縫に言い切れないとタイトルには自分は書けないのかしらん。ゴッホの絵は、自分も見て気持ちいいと思えるものは沢山ある。心動くも…

これまでのHiganzakura視点記事

以下これまでのHiganzakura視点記事 発達障害という現象の「とらえ方」についての思いがベースにある。 #「崩れ」記事まとめ 「崩れ」記事まとめ①〜⑨まで - Fuji to Higanzakura 幸田文が山河の崩壊地を訪れてつづった作品「崩れ」と、京大のプロジェクト「…

「崩れ」記事まとめ①〜⑨まで

① 「崩れ」 幸田文 図書館の富士山コーナーにやまほどある富士山関連本の中から「崩れ」を見つけた。10代の頃、幸田露伴の「五重の塔」からの流れで、幸田文の諸作 品にいき、随分と惹かれて「みそっかす」「父こんなこと」「おとうと」「流れ」などを読み…

崩れ⑨

随筆「しつけ帖」(幸田文)の、著者の娘さんである青木玉さんによる後書きが印象的だった。母の子どもの頃についての随筆は、子ども時代の母が抱えていた思いに、胸がいっぱいになり涙がこぼれそうになるという。母が分筆を業とするようになっても、今ひと…

崩れ⑧

もちろん心理療法にかかわらずとも、表現を通して(生きることを通して)「自分自身の」「発達のありかた」を見いだしていく人たちも沢山いるだろう。おそらく今改めて魅力的だ、と見直されるような人たちは、そういう視点からとらえなおすこともできるので…

崩れ⑦

また、”現代の日本の普通の人たち、特に若い世代の人たちは、発達障害的なライフスタイルを選択する傾向があるように思える。 。。 これは彼ら のライフスタイルであり、精神病理でも心理学的な問題でもない。 。。現代の日本においては、巷にいる普通の人た…

崩れ⑥

以前の記事「赤を想う」「赤を想う」記事まとめ ①〜⑧まで - Fuji to Higanzakuraで、昨今のケースにおいて、クライエントさん側に、クライエントさんの主体という概念を想定しつづけていくことが実は苦手だ、ということを書いた。そこには「主体のありなし」…

崩れ⑤

京大の研究センターで行われている発達障害への心理療法アプローチを研究するプロジェクトから、その成果として第3冊目の本が出ている。http://www.sogensha.co.jp/booklist.php?act=details&ISBN_5=1122 発達障害を対象としたプロジェクトであるが、第3冊…

崩れ④

「物語る」という行為には、また、ある感情を「この」生きている場や世界において生生しく感じていくということには、ある種の嘘が必要だ。 同著者の「おとうと」という小説であれば、読み手側にも通底して迫ってくるのは、「切なさ」という強い感情だが、物…

崩れ③

中学のとき既に、相談職の心理の仕事をすると定めていた。そのような仕事が実際にあると知っていたわけではないがあるものとの確信感があり、臨床心理についても何も知らなかったが、自らを振り返って物語っていくことの力を信じていた、という気がする。幸…

崩れ②

「崩れ」は、70代を過ぎた著者が、有名な山河の崩壊地である大谷崩れを見たことが きっかけで、そのような全国各地の崩壊地−崩れーを見て回って書かれたものだ。富士山の大沢崩れにも訪れて書いていることから、富士山コーナーの本の一つ に収まっていたよ…

崩れ①

図書館の富士山コーナーにやまほどある富士山関連本の中から「崩れ」を見つけた。10代の頃、幸田露伴の「五重の塔」からの流れで、幸田文の諸作品にいき、随分と惹かれて「みそっかす」「父こんなこと」「おとうと」「流れ」などを読み進めた。「崩れ」に…

「赤を想う」追記 「クラーナハ展」記事まとめ①〜③まで

①「萌え」でくくりたくはない記号的なエロスという矛盾 旅先で大きな美術館は、沢山歩かないといけないしで決してウキウキとは行かなかった。たいてい家人に引きずられ。もうひたすらに大きな大きな美術 館で、気になる絵、気になる絵、幾つもが同じ画家さん…

クラーナハ展②

上野にクラーナハの絵がまとまって来ているらしい。なぜだか長時間いてしまった松崎町図書館の雑誌コーナーで知る。 以前見た絵と場所の印象と、画家さんの名前を覚えていただけ。他の人の絵と比べず直接まとめて見たら何か改めて思うかな、と一人で上野に行…

クラーナハ展①

旅先で大きな美術館は、沢山歩かないといけないしで決してウキウキとは行かなかった。たいてい家人に引きずられ。もうひたすらに大きな大きな美術館で、気になる絵、気になる絵、幾つもが同じ画家さんの名前だった。Lucas Cranach。ルーカス•クラナッハと覚…

松崎町再訪②

鏝絵。 伊豆の長八美術館 記事まとめ①〜⑦ - Fuji to Higanzakura

松崎町再訪①

足湯。 気に入る。

これまでのHiganzakura視点記事

以下これまでのHiganzakura視点記事 発達障害という現象の「とらえ方」についての思いがベースにある。 #「赤を想う」記事まとめ 「赤を想う」記事まとめ ①〜⑧まで - Fuji to Higanzakura 昨今のケースで往々にして生じる、また必要でもある、セラピスト−ク…

赤を想う⑧

とりわけ昨今のケースでは、もしかしたらアートスタンスが昔に比べて、より一層いるのかもしれないにせよ、自分がしていることが、心理学かアートか、という問いは後で振り返るときのことだ。この事例のセラピストさんも、昨今のケースにあたるセラピストさ…

赤を想う⑦

私たちは、主体という概念発想から完全に自由にはなれないのかもしれないけれど、でも実は、これまでも時々書いてきたように、分析心理学的な(ユング派的な)心理療法というのは、「表現」というものをとても大事なものとして扱う。今回のこの赤にしても、…

赤を想う⑥

②で書いたように、このような形ある赤を見て泣いたのはなぜだろう。その赤を見たときに、そのクライエントさんが、他者や世界にどれほどの大きな 愛情をもっているのか、セラピストと出逢ったことでクライエントさん自身がそのことに気づいてしまったこと、…

赤を想う⑤

④で書いたようなことは、私から見た、心理療法における「主体の誕生モデル」的な展開とはこういうことだ、という話しだが、私自身は、以前にもところどころで書いているように、そういう展開への心身耐性があまり強くない。強くないといっても、心理療法的展…

赤を想う④

この苦しさは、あえて言えば「フェアではない」感だ。クライエントさんから見れば、そのようなとらえ方は「フェアではない」だろう。セラピストとの出逢いから生まれた表現を、セラピストから「私である」ということにされてしまうことは。けれど、むしろク…

赤を想う③

私たちの分野では、「主体」という発想を手放すことがなかなかできない。表現してくれたこのような赤を、「クライエントの」「主体」の象徴としてとらえてしまう。そのことから私たちは自由になれない。 わかりにくいことを言っている気がする。つまり、セラ…

赤を想う②

ちょうど「私の名は赤」という小説を読んでいるのだが、このブログ記事タイトルを考えようとすると、「私の名は赤」と思い浮かんでしまう。その本についてを書くわけではないのに。 学会内のシンポジウムで、日本人の主体のあり方は(自分の内側の何かとして…

赤を想う①

学会に出て事例を聞いた。印象的な事例だった。 難しいのにうまくいったケースだった、とか、勉強になった、とかとは違う。どうしてその事例がそんなに印象的だったのかについて、そういうところで考えようとすると逃げていってしまう。正当化させてくれない…

伊豆の長八美術館 記事まとめ①〜⑦

① 建物 家人にひきずられて、伊豆の長八美術館に行く。なんでもかなり以前、テレビドキュメンタリーで、この美術館を設計した有名な設計士さんと、全国 から集まった腕利きの左官職人さんとでこの美術館を作っているときの、ガチなぶつかりっぷりが放映され…

伊豆の長八美術館⑦

西洋絵画でも、肖像画の周囲に額縁を描きこんで、肖像人物の手がその額にかかっている、というのをたまに見かけたことを思い出す。見た目は似ているが、長八さんの額込みの鏝絵は、どうもそれとは性質が違うように思える。西洋絵画で、肖像画の中に額を描き…

伊豆の長八美術館⑥

明治になって、額に入った西洋絵画という絵なるものも見るようになったとき、人はそれをどんな風に思ったのだろう。長八さんは、狩野派の絵師でもあったから、もちろん絵も描く。襖絵や、美術館の傍の長八記念館となっているお寺には、長八さん作の八方睨み…

伊豆の長八美術館⑤

オタクという現象構造にしろ、芸術という名の枠にしろ、それぞれ守りではあるわけだが、自分の内にしろこの世ではないところと、この世とを貫く「表現」、そういう表現の萌芽が、こうしたこの世的なトリック構造で、もしがっちりと守られきってしまったら、 …

伊豆の長八美術館④

オタクという表現には、一つの次元内でバランス感覚として機能する「卑下」が入っている。違う角度から言い換えると、オタクという現象では、卑下 によって、自分が多大な労力を投下している行為の意味が問われない安全な次元が作られている。 ここでちょっ…

伊豆の長八美術館③

漆喰を盛り上げて、壁面にレリ—フで、絵というか図像を浮かび上がらせる鏝絵だが、土蔵壁や、土蔵窓や土蔵扉の内側に描かれているものは、生活の中に組み入れられている装飾ということになり、長八さんのそれらの多くは活動の本拠地だった江戸東京にあったと…

伊豆の長八美術館②

美術館のある松崎町。なまこ壁の建物が多く残っていると言う。なまこ壁って確か、グレーの壁の地に、盛り上がった白い格子模様がくっついている、よく土蔵とかに使われてるやつだよね、くらいの記憶だったが、あーほんとだ、なまこ壁が沢山。 宿泊した夜中か…

伊豆の長八美術館①

家人にひきずられて、伊豆の長八美術館に行く。なんでもかなり以前、テレビドキュメンタリーで、この美術館を設計した有名な設計士さんと、全国から集まった腕利きの左官職人さんとでこの美術館を作っているときの、ガチなぶつかりっぷりが放映されていて、…

シビレ?リドヴォ? 好奇心と傲慢と謙虚の落としどころ

日本のホルモンブームはすっかり定着したのか、マニアックな肉揃いのスーパーだなとは思っていたが、シビレ(牛の胸腺)という部位がスーパーで売られていた。胸腺ってことは、フランスで珍重している リドヴォ(ris de veau)?と思ったけれど、シビレとリド…

イーストウッド世界に、ある視点から入ってみた。。。記事まとめ①〜③

① 怒りのままでなくノスタルジーでなく クリンスト•イーストウッド監督の「ハディソン川の奇跡」を見た。面白かった。 ラ•トラヴィアータ 道を踏み外した女③ - Fuji to Higanzakura で、「ヘンな日本美術史」の一部分について、あくまで自分はこうとらえた、…

イーストウッド世界に、ある視点から入ってみた。。。③

機長の咄嗟の英断でハドソン川に飛行機が無事に着水したという出来事は、私はかなり強烈な印象で覚えていて、これまではそれについて「すごい機長がいたものだ。そんな大胆な英断をしてそれを無事に実現してしまうなんて。世の中って、テロやら虐待やら悲し…