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Fuji to Higanzakura

心理臨床ベースに少しずつ

織物•表現(3)

Higanzakura視点

 セラピストとは別個のクライエントさんの存在のあり方を、織物に例えている、というのとは少し違う。セラピストとクライエントさんとで作られるセラピー場で表現されるものを、織物のように(セラピストが)感じている、ということ。さらに言えば、セラピストの介入の言葉などだって、織りの際の横糸のようなものかも、とも感じられるのだから、織物イメージをセラピストとは独立の「クライエントさん個人」の象徴としてとらえているのとも少し違う。

 箱庭療法を日本の心理臨床の場にとりいれた故河合隼雄氏は、箱庭を「治療者と被治療者との人間関係を母体として生み出された一つの表現」と言ったが、セラピーの中で意図的に製作される具体的な箱庭だけではなく、そもそもセラピーの場に生成されていること自体全てが、既にそのようなセラピー関係を母体とした「表現」なのだ、と考えると少しわかりやすいかもしれない。

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