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Fuji to Higanzakura

心理臨床ベースに少しずつ

崩れ⑦

Higanzakura視点

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 また、”現代の日本の普通の人たち、特に若い世代の人たちは、発達障害的なライフスタイルを選択する傾向があるように思える。 。。 これは彼ら のライフスタイルであり、精神病理でも心理学的な問題でもない。 。。現代の日本においては、巷にいる普通の人たちも患者たちもともに、神経症的であるこ とではなく、発達障害的であることを選ぶようになった’’、とも述べられている。

 発達障害的な現象の中には、このように精神病理でも心理 学的な問題でもないあり方もあるというその点からも、私は、クライエントさんに、発達障害的であるという「病理」を帰させるあり方にずっとためらいがあっ たのだが、今回のこの本を読んで、(決してこの本の意図ではないだろうが)こうした自分の悩みに、悩むだけの土台があることを感じることもできた。

  そうしてふわりと少し楽になった分のエネルギーで、改めて、発達障害的であることに葛藤を持つことなく精神病理でも心理学的な問題でもなしにそれを生きることもできるような”「発達障害」が今日の「モード」”ともなっている今の世の中にあって、それでもなんらかの困難や生きにくさ、どうにかな らないかな、という感じもあって心理療法につながるまでの付置を得ている人というのはなんなのだろう、という、どこか当たり前のことを思った。

 ” 非定型発達の定型化ー「モード」としての「発達障害」ー”というこの論の視点には、非定型発達型として「発達障害的」であることが、もはや「この時代の発達のあり方」ともなってい る、という見方が含まれる。こうした時代の中にあるにもかかわらず、発達障害的な様相を問題として、心理療法とつながるということは、どういうことなのか。それは、今や時代の中にがっちりと組み込まれてしまっている、この時代のカリカチュアにもなっているような「発達」のあり方(発達障害的なあり方)を生きるのではなく、「自分自身の」「発達のあり方」を見い出し遂げて行くという課題を負った人たちと言えるのではないだろうか。

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 「沈没しそうな富士山」というイメージ画を書いた子の事例も本にはのっていた。ほんとにそうなんだよ。大丈夫。すごいね。