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Fuji to Higanzakura

心理臨床ベースに少しずつ

伊豆の長八美術館⑦

Higanzakura視点

 西洋絵画でも、肖像画の周囲に額縁を描きこんで、肖像人物の手がその額にかかっている、というのをたまに見かけたことを思い出す。見た目は似ているが、長八さんの額込みの鏝絵は、どうもそれとは性質が違うように思える。西洋絵画で、肖像画の中に額を描き込むのは、額が絵とは別ものであるということ、つまり額は絵にとって大切なものだけれど額なしでも絵は絵として別個に存在することに皆疑いをもっていないということが共通認識としての前提になっていて、その額に肖像画の人物の手をかけることで、その共通認識をひっくり返すというトリック体験を鑑賞者にしてもらったらおもしろかろ、みたいなこととして、見る側としては体験した。

 長八さんが、額込み鏝「絵」を描いているのはもちろん明治になってからだが、日本で明治以前に既にあった、額に近いものとしての掛け軸や蒔絵の表装を考えたとき、そこに貼り込められている絵についてを、その表装とは別個の絵と想定したその絵そのもののの存在は、絵師や表具師などではない一般人の共通認識のレベルでも、そんな風に独立して感じられていたものなのだろうか。それに所有者が額部分を漆喰鏝絵になっているとは気づいていないケースもあったように、必ずしも見る人を意識して描きこんだわけでもないことを思うと、それは彼自身の矜持とか宣言にも思えてくるのだ。

  狩野派の絵師であれ、鏝絵も施す左官工であれ、職人である、ということは、生活文化空間と共にありつづけることでこそ「意味」を持つ。長八さんの鏝絵の漆喰額は、生活文化空間であって、建物であり、床の間であり、襖であり、天井であり、表具、なんじゃないだろうか、ということを思った。「表現」をするに、そこから切り離されることは断る、そのことまで含めてが私の表現だ、と。

 明治という時代の中で、それまでの職人的世界観からすれば、西洋という異質世界観に出逢ったことで、おそらくそれまで自明すぎて振り返ることさえありえなかった「職人であること」が、逆説的に職人仕事を越えて「表現」されることになった、と言えないだろうか。職人でありつづけて職人を超えた職人の神様。

 

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 松崎町役場一室にあった床の間の土壁に直接描かれた掛け軸の鏝絵。虫喰い跡も古びた紙質のよれも漆喰凹凸で描かれている。墨絵部分の濃淡も漆喰凹凸。役場移築の際に、まわりの壁ごと美術館に移された。

 

同記事まとめて①〜⑦

伊豆の長八美術館 記事まとめ①〜⑦ - Fuji to Higanzakura