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Fuji to Higanzakura

心理臨床ベースに少しずつ

伊豆の長八美術館②

Higanzakura視点

 美術館のある松崎町。なまこ壁の建物が多く残っていると言う。なまこ壁って確か、グレーの壁の地に、盛り上がった白い格子模様がくっついている、よく土蔵とかに使われてるやつだよね、くらいの記憶だったが、あーほんとだ、なまこ壁が沢山

 宿泊した夜中から朝方にかけて台風のような強風で驚く。でも窓から見えた、地元の定食屋さんの裏手に積んである食材用発砲スチロール箱の各山毎に、大きなサイズの洗剤ボトルにおそらく水が入れてある重しがそれぞれのっているのを見て、強い風に慣れている土地かな、と思ったが、やはりhttp://makimino.jugem.jp/?month=201304こちらのブログさんの4月25日の記事に、松崎町のなまこ壁の、壁の上方までそれで覆われているというその独自特徴は、強い風が吹くところ故の火災予防のため、とあって納得する。

 入江長八さんは、この地元で、子どものときにこういったなまこ壁をつくる地元の左官職人に弟子入りし、手先が器用だと認められて、江戸に出て狩野派の絵を習うことになり、彫刻技術も当時の彫刻職人さんたちを見ながら学習してしまい、本来きれいに平らにならすことをもってして高技術とされた左官職だが、そこに立体化する技術を持ち込んで、鏝絵(こてえ)というジャンルを創った人ということで、表面的な把握の仕方としてはこんな感じでいいのかな。

 日本美術史的には長く忘れられていたようだけれど、それでも左官「職人」という工芸界の中にあっては長八は神様的扱いであり、また職人枠を越えたところでも、彼の「作品」に普遍的なものがあると感じた自分の感性を信じてこつこつと作品を集め丁寧な目録をつくってきた人などがいて、そうして美術館設立にも既に随分前に至っており、私が出逢うのはこんな後になってからだが、それでも私などといった本来縁が薄そうなレベルの人までがこうして出逢って何かをグラグラしながら感じてそこにいるという流れの中に、日本人(個人的には日本人というより「人」と思っているが)に脈々と続いてあるような何かを想定できそうに思えてきてうれしい。

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松崎町ぶらぶらしてるとある足湯。ちゃぷん。

 

同記事まとめて①〜⑦

伊豆の長八美術館 記事まとめ①〜⑦ - Fuji to Higanzakura