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Fuji to Higanzakura

心理臨床ベースに少しずつ

オマージュ記事①から⑧まで

Higanzakura視点 オマージュ

① アレンティージョ風

 

亡くなったある作家さんのブログが好きだった。海の向こうで生活しているとき、そのブログにはだいぶお世話になった。

 あさりと豚肉のアレンティージョ風なるものを、ブログを読んだ後によく作った。その作家さんがよく作っていたから。ポルトガル料理だと言っていたような。私が住んでいたところのあさり相当のものは、旨味がつよかったけれどどうしても少し臭ったので、別の旨味と合わせると食べやすかった。

 お豆さんもよく煮ていたような覚えがある。その影響で、自分もあちらで豆を煮るようになった気がするのだけれど。

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 その方がどんなお豆を煮ていたのか。忘れてしまった。

 

                           

② なんの変哲もなくあること

 

 その作家さんのブログは、なんの変哲もなく色味もない画面に枠があるだけで、その枠内に、生活記録と読書日記が淡々と書かれていたという感じだった と思う。そんな愛想なしフォーマットもいいなぁと思っていたが、いざ自分がブログをすることになってみたら、そういうオリジナルフォーマットは大変なのだ と知る。

 なんの変哲もなくあることに、手間をかけること、についてを思う。

 そうだったとは知らなかった。

                        

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なんの変哲もない!水餃子

フィリング:水切り絹ごし豆腐、バジル沢山、チーズ、塩麹レモン。

オリーブオイル、バジル、レモンゼスト、でいただく。

バジルラビオリと称した方が混乱は少ないと指摘される。

 

 

③ 違いを感じる力

 

 その人の書いている読書日記の感想が面白そうなあまり、フランスのミステリー作家であるポール•アルテ氏の作品群を、彼の真似をして無謀にも半分勘で原文で読んだ。

 ポール•アルテ氏が実現しようとしている非フランス的なディクスン•カー的世界を、でもフランス語で読むことになる違和感が面白いのだと書かれていて、その面白さというのが体験してみたかった。

 もともとミステリー好きでもないのでディクスン•カーを読んだことがあるわけでもなく、自分にはその面白さは体験できなかったけれど。

 出先でも読んでいたので、持ち歩きのために文庫本背表紙をちぎって薄い冊子状態にしていたから全てぼろぼろになったのを、ずっととってあったのだが、帰国の際にとうとう処分してしまった。

         

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 ぴかぴかの自家栽培とれたてなすを2種類いただく。切り方も変えてみたり。違いはわからなかった。皆、美味しかったです。 

 

                       

④ アルザスアルザス

 

 ポール•アルテ氏がアルザス出身であることについても、ブログで言及し考察していた。そうした記述は、アルザス地方に対してのイメージが多層的に なっていく自分の体験と離れ難くくっついている。歴史的なことだけではなく、初めてピエール•エルメ氏のケーキを食べて口の中で物語や詩やその映像までを も感じてしまうことがあるという衝撃と、そのパティシエさんの魁偉とも言えそうな容姿やアルザス出身と知ったときの腑に落ち感はもはやある種の萌えだった が、その萌え土台を作ったのは、彼のブログだった。アルテ本の内容はまったく覚えていないのだが。

 今、伊勢丹で、やはりアルザスのフェルベールおばさんのジャムコーナーを前に、持ち歩いていたぼろぼろのアルテ本をどこかで感じながら、その頃お気に入りだったジャムを探す。

  店員さんに聞いたら、それはずっと入荷されていないと言う。あちらでもここ数年ずっと見つからなかった。                                                                                              

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⑤ その人を通してでなければ見えない

 

SF作家のスタニスワフ•レムの作品、「ソラリス」「大失敗」「枯れ草熱」についても触れていた。それについての彼の思索に惹かれて、やはりSF好 きでもないのに「ソラリス」「大失敗」を読んだ。名作とされているものだけれど、きっと彼の思索に触れていなければ、読みのとっかかりをつかめないまま楽 しめられなかったと思う。

 ちょうど日本に帰国する頃に、ブログに書かれていたものが出版されたのだが、自分には一番印象的だったスタニスワフ•レムを巡る記述のところは、見つからなかった。

 勘違いか。

 きっとグレッグ•イーガン的多層世界(作品を読んだことはない。やはり彼のブログで名前と多層世界という語を知ったという記憶になっている)。                         

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バーナード嬢と呼んでください。

 

 

⑥ 言わせてもらう

 

 これだけブログで楽しませてもらっていて彼の作品を買わないのはおかしい。でも私は別にミステリー好きでもないので、もはやブログ御礼のお賽銭と して購入した。とはいえ彼の作品群は、ミステリー好きの間では評価が高いという。家人は楽しんでいたが、ミステリー音痴の私は、彼自身の作品の方には、彼 のブログでの書評を読む時のようなワクワクや刺激は感じられなかったけれど、スタニスワフ•レムの作品でのこともあるから、彼の作品にも、彼の書評や読書 感想があったら、私でもきっともっと読み込めるかもしれないのに、と思った。けれど彼の作品についてだけは、彼がポール•アルテ作品や、スタニスワフ•レ ム作品に向けたような視線で、書評や読書感想を書ける人はいないのだ、当の彼自身はそれを書けないのだから、と思っていた。

 当時は、自分 の作品に自分で書評や読書感想を書くなんてありえないからしょうがない、と思っていたけれど、今これを書きながら、ギャグでもパスティーシュ風でも、彼自 身の作品に彼が書いた書評や読書感想を、やはり読みたかったかも、という風に気持ちが変わっていることに気づいた。

 でもそんな作品は品がない、ということにもなるだろうか。

  その人に感じるある種の品も好きだったことは確かだから、品なくていい、とは当時は思えていなかったということだ。今は、そんな自分の品縛りも越えてみた い、ということだろう。それが面白くなかったら、私がそこを越えられていないために面白く感じられないだけかもしれないことを棚にあげ、「やっぱりそれは ないでしょう」ときっと言うのだろうほどに自分は勝手だけれど。もしそうだとしてもそんな私ごときのざれ言、踏んづけて踏んづけて踏んづけて、書いてくだ さい。

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 ただ、ポール•アルテ氏やスタニスワフ•レム氏への彼の「表現」を通して、私の世界が変わったように、今は彼がいないということもまた彼の「表現」なのだとすれば、やはりその「表現」で、私の世界が変わったこと、変わっていくこと、を知っている。その世界を引き受ける。

 いや、それは「表現」じゃない。表現ととることを私は拒む。ただ、事実なだけだ。

 

 

⑦ 異質性の間の異質性

 

 ブログにはスタニスワフ•レム作品をめぐって色々書かれていた(記憶がある)が、その最後にスタニスワフ•レム氏を讃え、確か、ある数学者さんの言葉をもじって、以下のようなことが書かれていたと思う。

「SF作家とは文明の間の異質性を発見できる人である。よりよいSF作家は生命の間の異質性を発見できる。最高のSF作家は存在の間の異質性を発見できる。究極のSF作家は異質性の間の異質性を発見できる。」

 異質性とは他者性とも言い換えられるだろう。折しも日本では発達障害という言葉がメジャーになり出した頃だった。

                          

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⑧ 今ならば

 

「他者への敬意がない」というのはかなり究極的な非難の言葉か、ある種の人間性の欠落を指摘しようとする表現だと思うけれど、でもそもそも「他者性そのもののあり方」が双方で異なるのだとしたら?

 その作家さんがある表現をもじってスタニスワフ•レムを讃えて表現した「究極のSF作家は異質性の間の異質性を発見できる。」に出会って以来、その表現をやはりもじって、

「究極の発達障害(的現象または究極のセラピーで)は、他者性の間の他者性(異質性)を発見できる」

ということを、そこからずっと抱えてきた。

 だいぶ肩の力が抜けたらしい。今は「究極の発達障害は」のところは、「今の時代ならおそらく」くらいになっていることに、これを書きながら気づいた。

「今の時代なら、他者性の間の他者性(異質性)を発見できる。」

そんな私の「今の時代」は、その作家さんブログがかなりの部分を作っていった。

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おまけ:異質同士は相手の異質さの夢をみるか

 

カーブ後にいきなり目の前にある。

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夢は見られなくても

出会うことはできる。