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Fuji to Higanzakura

心理臨床ベースに少しずつ

今ならば  オマージュ⑧

オマージュ Higanzakura視点

「他者への敬意がない」というのはかなり究極的な非難の言葉か、ある種の人間性の欠落を指摘しようとする表現だと思うけれど、でもそもそも「他者性そのもののあり方」が双方で異なるのだとしたら?

 その作家さんがある表現をもじってスタニスワフ•レムを讃えて表現した「究極のSF作家は異質性の間の異質性を発見できる。」に出会って以来、その表現をやはりもじって、

「究極の発達障害(的現象または究極のセラピーで)は、他者性の間の他者性(異質性)を発見できる」

ということを、そこからずっと抱えてきた。

 だいぶ肩の力が抜けたらしい。今は「究極の発達障害は」のところは、「今の時代ならおそらく」くらいになっていることに、これを書きながら気づいた。

「今の時代なら、他者性の間の他者性(異質性)を発見できる。」

そんな私の「今の時代」は、その作家さんブログがかなりの部分を作っていった。

                       

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まとめてオマージュ記事①から⑧まで

higanzakura109.hatenablog.com