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Fuji to Higanzakura

心理臨床ベースに少しずつ

うねりの欠片 周産期心理臨床セミナー⑧

周産期心理臨床 Higanzakura視点

 健常児の出生直後などでは、親子間の発声音声の呼応が観察されていたりする。赤ちゃんがえづいたりすれば親はなんらかの発声を返すなどして、リズムを共にする。存在の波長を共にしようとする。親子間のこころがはじまるときの図の一つだ。

 とても小さなハイリスクな赤ちゃんで医療措置を色々とらなければならず鎮静もかけられていたりすると、保育器に隔てられているその小さな動くこともないものは、いわゆる赤ちゃんらしい存在感とは、かなり隔たった様子であるという。赤ちゃんからの発声音声もない。そういう赤ちゃんを前にして親ごさんが茫然としている。そんな図は痛ましく見えることもあるかもしれない。

 けれどそれは、いのちらしいいのちになる以前の子、そういう子ともリズムや波長を合わせようとしている、ということでもある。それは、既に自身はいのちを生きているつもりでいる普通の意識状態の人の想像を大きく越えるようなことだ。それでも、親子のこころのはじまりとして、自ずと普通の状態を越えることになる。それはリスペクト以外にない。

 そういう茫然の一部は、思い描いていた像との隔たりからのショックや先々への不安という表現になることもある。それらは、想像を越えるような、子どもとの波長合わせの大きなうねりの一部だ。そんなふうにこぼれおちたうねりの欠片を受け止め、周産期精神保健の場自体もおおきなうねりの一部となっていく。

 そう感じるのは、自分が既にそのうねりの中にいる、ということ。

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