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Fuji to Higanzakura

心理臨床ベースに少しずつ

イーストウッド世界に、ある視点から入ってみた。。。③

機長の咄嗟の英断でハドソン川に飛行機が無事に着水したという出来事は、私はかなり強烈な印象で覚えていて、これまではそれについて「すごい機長がいたものだ。そんな大胆な英断をしてそれを無事に実現してしまうなんて。世の中って、テロやら虐待やら悲し…

イーストウッド世界に、ある視点から入ってみた。。。②

機長は、乗客や自分らも守るべく、離陸から着水までの5分弱の短い間に、経験と実感を総動員させて究極の判断をしてそれを完遂する。そのことを追求し追いつめていくことについて、見ている側は、まともな人間だったらそう感じるでしょう的なかなり集合的な…

イーストウッド世界に、ある視点から入ってみた。。。①

クリント•イーストウッド監督の「ハディソン川の奇跡」を見た。面白かった。 ラ•トラヴィアータ 道を踏み外した女③ - Fuji to Higanzakura で、「ヘンな日本美術史」の一部分について、あくまで自分はこうとらえた、ということでだが、以下のようにまとめた…

ラ•トラヴィアータ記事一覧 ー「料理簡易記録」と「Higanzakura」ができるまで-

プロローグ 焼きぶどうにブルーチーズ 巨峰をホイルにのせてグリルで焼く。 皮はフォークとナイフでつるりと剥ける。 自分で準備した食べ物の簡易記録の カテゴリーは、 つくる、ときどき、トラヴィアー タ にしよかな。。。 ① それは料理か? Fuji to Higan…

ラ•トラヴィアータ 道を踏み外した女⑩

イメージの彼岸、象徴機能が断絶するところ、が立ち現れるというのは、自分の中でイメージも想像もできないような異質な「他者」と出逢うということでもある。発達障害の個体が抱えているとする、実体レベルから象徴レベルまでをも含む「象徴機能不全の問題…

ラ•トラヴィアータ 道を踏み外した女⑨

人と通じ合える象徴として機能するような言語獲得の遅れ、ということを思い浮かべるとわかりやすいかと思うが、発達障害は、その本質的特徴を非常に大きくとらえると、イメージ(象徴)機能が成立しない、ということと言える。発達障害の現象というのは、ま…

ラ•トラヴィアータ 道を踏み外した女⑧

私が受けてきた心理療法教育では、イメージや表現というものをとても大事なものとして扱う。それ自体に力のあるもの。そのことは染み付いて、自分の根にある。ただ、従来の見方のままで、そこから養分がとれるかといったら、もはやそういうものではない。中…

ラ•トラヴィアータ 道を踏み外した女⑤

何か、ふわっと見えかけた気がして、つかまえられないかとかなり粘ってみたのだが。。。 原作の墓のシーンを、オペラではどうして組み入れなかったのか、という疑問を、以前からけっこう長く抱えていた。最期、アルマン(アルフレード)が、マルグリット(ヴ…

ラ•トラヴィアータ 道を踏み外した女④

オペラのラ•トラヴィアータでは、最期で出てくる「生きたい」というヴィオレッタの思いの噴出を、自身の想像を越えるものとの出逢いによって自ら引き裂かれていくこと、ととらえて書いていると、どうしても、もう一つ別の、自身の想像を越えるものとの出逢い…

ラ•トラヴィアータ 道を踏み外した女③

残念ながら見てはいないのだけれど、アルフレードという名の記号と対話しているというその演出だと、彼女自身の閉じた狂気内だけの話しということになるわけだが、そうであっても、もはやその甲斐も意味もなくなっている時にも関わらず生じる、その「生きた…

ラ•トラヴィアータ 道を踏み外した女②

オペラ、ラ •トラヴィアータ(椿姫)のヴィオレッタは「嗚呼、生きたいわ」「生きる力が湧いてきたわ」と言って最期力尽きる。あの生きたいという思いは、死ぬ前にアルフレードに一目会いたいとは思ってはいても、死ぬことは受け入れていたはずの彼女の、自…

オマージュ記事①から⑧まで

① アレンティージョ風 亡くなったある作家さんのブログが好きだった。海の向こうで生活しているとき、そのブログにはだいぶお世話になった。 あさりと豚肉のアレンティージョ風なるものを、ブログを読んだ後によく作った。その作家さんがよく作っていたから…

異質同士は相手の異質さの夢を見るか

カーブ後にいきなり目の前にある。 夢は見られなくても 出会うことはできる。 まとめてオマージュ記事①から⑧まで higanzakura109.hatenablog.com

今ならば  オマージュ⑧

「他者への敬意がない」というのはかなり究極的な非難の言葉か、ある種の人間性の欠落を指摘しようとする表現だと思うけれど、でもそもそも「他者性そのもののあり方」が双方で異なるのだとしたら? その作家さんがある表現をもじってスタニスワフ•レムを讃…

異質性の間の異質性 オマージュ⑦

ブログにはスタニスワフ•レム作品をめぐって色々書かれていた(記憶がある)が、その最後にスタニスワフ•レム氏を讃え、確か、ある数学者さんの言葉をもじって、以下のようなことが書かれていたと思う。 「SF作家とは文明の間の異質性を発見できる人である。…

周産期心理臨床セミナー記事①から⑧まで

① 親子間のこころが育まれる可能性を守ること 周産期心理士ネットワークの代表をされている、周産期精神保健というジャンルをつくられてきた方のセミナーを受ける機会があった。 周産期精神保健とは:いのちが誕生するまでのプロセスを経て人が人として生ま…

うねりの欠片 周産期心理臨床セミナー⑧

健常児の出生直後などでは、親子間の発声音声の呼応が観察されていたりする。赤ちゃんがえづいたりすれば親はなんらかの発声を返すなどして、リズムを共にする。存在の波長を共にしようとする。親子間のこころがはじまるときの図の一つだ。 とても小さなハイ…

新しいはじまり方 周産期心理臨床セミナー⑦

⑤で述べたような、エアポケット領域に生まれてきた子どもとその親らは、昔であればいなかった新しい存在だ。そういう子らももう大きくなって、周産期精神保健の場で臨床心理士として既に長くやってきている講師の方のところに会いに来ることもあるという。そ…

生命がいのちとなるとき 周産期心理臨床セミナー⑥

体重400グラム。女性の小さな手でも片手にのる。アポトーシス(細胞死)のプロセスがまだ発現しておらずまぶたが切れないので目はまだあかない。保育器の中をじっと見つめた後、「爪があるんですね」と言う親ごさんは多いという。 解剖学者さんが、死体解…

深淵  周産期心理臨床セミナー⑤

状況によらず、どんなケースもかけがえのないものだが、今まで知らなかったことを聞くインパクトは大きい。 22週未満であればそれは流産であり、25週目以降であれば、未熟児として保育器の中で過ごす期間は必要だが生命については比較的安定的なことが多…

線引きはない 周産期心理臨床セミナー④

現代の医療というのは、科学や技術の進歩を効率よく反映させられるようにということもあって、分業の要素が強いなどともよく言われる。けれど新生児医療の場合は、身体組織の分化も未熟なのだからと考えるともっともだが、赤ちゃん全体の様子を見て行く構え…

生命讃歌さえ、小さい  周産期心理臨床セミナ−③

心理臨床の研鑽法の一つとして事例を聞く、というのがある。個別事例をききながらそこに普遍性を感じ取り、他のケースに相対するときの感じ方を耕すようなこと。 講師の方は「周産期心理臨床は状況的に特殊なものではあるけれど、そこにある心理臨床としての…

それは心理臨床か  周産期心理臨床セミナー②

特にスカイプによるHiganzakuraセッションは、果たして心理療法面接やカウンセリング面接なのか。そのつもりでやっていた時期もあるけれど、どうにもそうと言うことができない。心理臨床や心理療法的アプローチの構えは根本にあると思ってはいても。そしてそ…

親子間のこころが育まれる可能性を守ること 周産期心理臨床セミナー①

周産期心理士ネットワークの代表をされている、周産期精神保健というジャンルをつくられてきた方のセミナーを受ける機会があった。 周産期精神保健とは:いのちが誕生するまでのプロセスを経て人が人として生まれ育つ原点となる時、また親が親として誕生する…

シュールビューティー

今も海の向こうにいる日本人の友人に、帰ってきてから「原色看板とのコラボ キッチュFuji」ということで写真を送った。クールビューティーと掛けたのだろう「シュールビューティーをありがとう」と返事が来た。 表現(この場合「シュールビューティー」)は…